解離性同一性障害と付き合いながらの生き方 私と私の知らない私 育った環境 日々思うこと

私と別の私と私たち

10年以上、解離性同一障害と付き合いながら生活をしています。病気だとしても建設的な人生を目指して日々奮闘

久しぶりのブログ

ずっと家族の近くにいた。


そして、限界を迎えて自宅に戻った。

やはり『家族』とは息苦しさを感じる存在


・父

感情的で威圧的

誤解や自己流の解釈を正すことなく、家族に怒鳴る

暴力は振るわなくなったものの、夕食を棄てたり、大声を出したり…変わらない部分も多い


・母

社会性、協調性がない

社会に出た事がないからか…自己中が目立つ。時折「良い母」を演じようとするが、途中で飽きてしまう。

頼った方としては「また見捨てられた」と言う気持ちが否めない


・姉

「自分は正しい」と言う思いが強い。父には敬語で話し、距離を保っているように感じる。一見、頭がいいようで、甘えたりするのが不得手なので、結果として残念。

闘争心が強く、姉妹関係を壊そうとされると異常に敏感に反応する。


これが家族。


母と姉は過干渉気味。

母に至っては、日記などを昔から読む癖がある。

また、娘の男性関係に興味津々に見える


なぜ、家族と距離を縮めると息苦しさを感じるのか?


理由はわからないが、決して居心地の良い場所ではないのは確か。


どこにいても、他人といれば少しの窮屈や不便は感じるのだろうが…


私にとって家族は最も厄介な他人の集まりである。